ベストセラー漫画家「『うつヌケ』してから身近にある幸せを実感できるようになった」
Q7.人生でもっとも影響を与えた作品を、その理由とあわせてお教えください。
『よつばと!』と『アルプスの少女ハイジ』の共通点
――鬱を抜けると、惹かれる作品も変わってくるのでしょうか。
どうでしょうね。あずまきよひこさんの『よつばと!』は、鬱のときから読み始めていたのですが、作品の受け止め方が変わるわけではなく、抜けた後に心の余裕ができたのか、その魅力を解き明かそうという気持ちになっていましたね。よつばちゃんという5歳の女の子の目を通した、何気ない日常が描かれているのですが、ある時突然、これって『アルプスの少女ハイジ』と同じではないか!と気づいたのです。
小さな女の子から見ると、何気ないことがすごくドラマに見えるというテーマ。ハイジもペーターと一緒に山の向こうまで行って、山羊に草を食べさせて帰ってくるだけで一話、みたいな。ハイジの視点で、単調な世の中にもドラマが溢れているということが描かれている。当時のアニメとしては異例なほど、背景もかなり丁寧に書き込まれていましたよね。『よつばと!』もまったく同じ構造なんですよ。本棚作って一話とか、しゃぼんだまであそんで一話とか。よつばちゃんの目から見ると、あまりにも日常的な、ごく普通と思えるようなことがすごくワクワクドキドキできることなんだと、読者も一緒になって感じることができる。背景も緻密に描かれているので、やっぱり「アルプス目指しているのか?」とさえ思ってしまいます。
――いずれも“身近にある幸せをみつける”ということがテーマになっているのですね。
何気ない日常を緻密に描くという意味では、小津安二郎の映画にも通ずるところがあると思いませんか。『アルプスの少女ハイジ』も『よつばと!』も同じ。読者や視聴者がその場にいるような錯覚に陥ってしまう。カメラの位置と丹念な描写によるものなのでしょうけれど、退屈そうなのについつい見てしまうという、奥深い魅力を感じています。
こういった題材の漫画って、一見誰でも描けそうで描けない。身近でささやかなものが幸せを生むのだという視点を持たなければ絶対に描けないんですよ。僕も鬱を抜けてから、例えばちょっとした食べ物がおいしいとか、そんなささいなことから幸福を実感できるようになりましたね。
(最終回)
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